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競馬発祥の地の誇りを胸に…イギリス馬たちの凱旋門賞とは?

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世界最高峰のレースとして知られるのは凱旋門賞ですが、開催地は競馬発祥の地イギリスではなくフランスのレース。イギリスの馬たちからしたら海外のレースの一つとされていますが、実際のところの成績はどうなのでしょうか?

凱旋門賞はこれまでに95回開催され、最多勝利を挙げている国はやはり自国開催のフランス。3回に1回の割合で勝利していますが、その次に続くのがイギリス。それでも13回という数には競馬発祥の地としての沽券にかかわる内容かと思えますが…実は開催当初、イギリスの馬たちは凱旋門賞を軽視していました。

凱旋門賞が創設された1920年当時、イギリスからフランスに行くのはかなりの時間がかかっていました。というのも第一次世界大戦の影響で、フランス国内の鉄道が破壊されていたため、移動がかかりすぎるという理由からイギリスからの参戦はフランス人オーナーが権利を半分所有しているカムラッドのみという状態でした。

この当時のカムラッドの戦績は決して一流というわけではなく、パリ大賞典を人気薄で逃げ切ったのみ。それでもイギリスからの参戦、凱旋門賞の前までの国際的な大レースであるパリ大賞典を逃げ切った馬として3番人気に推されました。そしてレースの方もカムラッドのワンサイドゲームで結果的に圧勝。7戦全勝での凱旋門賞馬になりました。カムラッド自体、イギリスではさほど評価された馬ではなく、若駒時代にはわずか25ギニーで取引された安馬。凱旋門賞の権威も何もない結果に終わってしまいました。

そしてこれが、イギリスのホースマンたちに「凱旋門賞なんて大したことのないレース」という思いを強くさせます。当時から賞金は英ダービーを上回るものでしたが、遠征費、そしてその大変さを考えたらわざわざ使う必要がないと思われていました。そして、「イギリスの馬にフランスの馬がかなうわけがない」とどこかでフランス競馬を低くみる風潮が当時はありました。

さらに凱旋門賞が心のよりどころとしていた賞金面もフランスのフランの下落が影響し、もはや賞金も高くないレースとなりました。そのため、第4回の凱旋門賞を制したパース以来、凱旋門賞にイギリスの一流馬がやってくることがなくなってしまいました。第二次世界大戦によって国外への遠征が制限されるようになった影響もありましたが、戦後間もない46年に凱旋門賞とほぼ似たコンセプトの大レース、キングジョージ6世Sがイギリスで創設されます。開催時期も秋で凱旋門賞と丸かぶり。競馬発祥の地のレースのほうが権威があるとされ、イギリス本国はもちろん、フランスからも凱旋門賞をパスしてこちらのレースを選ぶという陣営が現れる始末でした。

そんな凱旋門賞が変わったのは1949年。賞金を増額したことでした。フランス国営の宝くじを馬券に利用することで賞金の資金源とすると、この年の凱旋門賞の賞金はなんと1着2500万フラン。ヨーロッパで最高賞金のレースとしてリニューアルされます。こうなると現金なもので欧州各州から遠征馬が続々と現れ、イギリスからも二冠馬のニンバス、そしてオークス馬のムシドラといったトップホースが登録して出走しました。

イギリスよりもはるかな高額賞金を出すレースに替わった凱旋門賞の存在はキングジョージ6世Sの存在を危ないものにします。年々出走馬が揃わなくなったことで、52年には夏に移設されることに。凱旋門賞の名誉が保たれたといっても過言ではないでしょう。

この年を境にイギリスからも一流の馬が参戦するようになりますが、イギリス所属馬の勝利は48年のミゴリが最後に。ほとんどの年でフランスの馬が勝利しているというフランスのホースマンからしたら願ってもない事態になりますが、この状況に憤慨したイギリスのホースマンたちも年々実力馬を毎年のように送り出すようになります。そして70年、とうとうイギリス競馬史上最高の馬とも言えるニジンスキーが凱旋門賞に挑みます。

ニジンスキーはこの年のイギリスクラシックレースをすべて制した三冠馬。さらに夏にはキングジョージ6世&クイーンエリザベス2世Sでも快勝して古馬にも敵なしとしていました。当然のように凱旋門賞でもダントツの1番人気に支持され、イギリス馬の久々の勝利を期待されました。

しかし、ニジンスキーは凱旋門賞の最後の直線でいったん先頭に立ちましたが、苦しがって外によれてしまい、そのスキを縫ったフランスの伏兵ササフラが交わして勝利。イギリスの英雄とまで言われたニジンスキーを下したというのはフランスのホースマンたちをもってしても大ニュースとなりました。結局、賞金増額後のイギリス馬の制覇は翌71年、ミルリーフの制覇まで待たないとなりませんでした。

不覚を取ったイギリス馬ですが、その後は現在に至るまでに10勝。しかも制した馬たちはダンシングブレーヴ、ラムタラといった歴史的名馬に加え、レインボウクエストなどの種牡馬としても成功した馬。さらにサキーなどの勝ち方にインパクトのある馬など多種多様。競馬発祥の地であるが故の威厳に満ちた馬が多く表れて、今もなお、凱旋門賞出走馬の中で異彩を放っています。