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あの名手も苦戦した!? 凱旋門賞の日本人騎手挑戦史

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欧州最高峰のレースとして知られる凱旋門賞は日本のホースマンにとっても夢のレース。69年のスピードシンボリを皮切りにあらゆる馬が挑んできましたが、99年のエルコンドルパサーをはじめとした4度の2着が最高着順となっています。

近年では12~13年のオルフェーヴルがそうだったように日本人の騎手ではなく、外国人騎手に手綱を任せるケースも増えているのが特徴です。

凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場は現地の騎手でも乗り難しいコースとしても知られていて、経験に乏しい日本人の騎手はそれだけでも不利になると考えられるようになってきました。12年のオルフェーヴルの挑戦のときには主戦の池添謙一にフランスの騎乗経験がないことを理由に池添を下ろし、クリストフ・スミヨンと新パートナーを組んだのは記憶に新しいでしょう。

しかし、日本人騎手の凱旋門賞への挑戦は何も日本調教馬でならないというルールはありません。そのため、欧州遠征などに出た騎手は時に現地の馬に騎乗するケースがあり、凱旋門賞に挑戦するケースも見られます。

凱旋門賞に外国調教馬とのタッグで臨んだ日本人騎手の第一号は柴田政人。88年にJRA最多勝騎手に輝くなどの実績を挙げ、ミホシンザンやイナリワンとの名コンビでも知られている名手ですが、そんな柴田は90年の夏にフランスやイギリスといった欧州へスポット騎乗で参戦。この時に柴田はアサティスという馬に騎乗し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで3着に入る好走を見せました。

この時点でアサティスの馬主は日本人の原田享に替わっていたこともあり、秋の凱旋門賞にも柴田とのコンビで臨むことになりました。

日本人騎手×外国調教馬という初のタッグで臨むことになったこのレースですが、柴田はアサティスの持ち味を発揮するように努めて騎乗しましたが、勝ったソーマレズには届かずに12着大敗。これを機にアサティスは現役を引退し、日本へ種牡馬入りすることになりました。

ただでさえ現地の騎手でも乗りづらいと評されるロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞だけに、経験に乏しい日本人騎手に手綱を任せることを欧州のホースマンたちは芳としませんでした。現在はそうではありませんが、当時は圧倒的に外国人騎手のほうが技術面でも優位と思われている時代だけに日本人騎手の凱旋門賞挑戦自体がほとんどありませんでした。

しかし、94年にふたたび日本人騎手に凱旋門賞騎乗のオファーがやってきます。選ばれたのは日本のトップジョッキー武豊。しかも騎乗したのはその年の凱旋門賞1番人気馬のホワイトマズルでした。

吉田照哉の所有馬として知られるホワイトマズルはイギリスで管理され、3歳時にはイタリアダービーを制覇。キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで2着、凱旋門賞でも2着に入りました。本格化を迎えた4歳になると前年2着に敗れたキングジョージ6世&クイーンエリザベスSに武豊を騎乗させて2着、そしてドーヴィル大賞典で現地の主戦騎手、ジョン・リード騎手を背に勝利。勇躍凱旋門賞に向かうことになりましたが、ここで再び武豊が騎乗することになりました。

ホワイトマズルはこのレース、人気こそ1番人気に推されていましたが、現地での評判は今一つ。というのも、この乗り替わりに対して物議をかもす結果になり、武豊も気が気じゃない騎乗になってしまいました。結果的にホワイトマズルはこのレース、勝ったカーネギーから大きく離された6着に大敗。日本の天才騎手と称された武豊にとっては苦い記憶のレースとなりました。

また、この年の凱旋門賞には武豊とともに岡部幸雄もダンジェンヌという馬に乗って凱旋門賞に初参戦。フランスオークス3着などの実績を持つ馬でしたが、残念ながら最下位となる20着に大敗しています。

ホワイトマズルで辛酸をなめつくした武豊ですが、それから7年後に01年、ふたたび凱旋門賞へのチャンスをつかみます。この年の武豊は毎年のようにリーディング騎手に輝ける日本ではもはやすることがないとばかりにフランスへ長期遠征。名門厩舎ジョン・ハモンド調教師の主戦騎手としてフランスと日本を行き来する生活を送るようになります。

そうして迎えた秋競馬。武豊はアンドレ・ファーブル調教師の管理馬であるサガシティという馬に騎乗して凱旋門賞に挑むことになりました。2歳時にクリテリウムドサンクルーを制した馬ですが、クラシックシーズンは不振でこの年は1勝もできずにいました。凱旋門賞本番でも17頭中6番人気と決して高い人気に支持されたわけではないですが、武豊はこの馬の持ち味を引き出すように騎乗し、人気を大いに上回る3着に好走。ちなみにこの3着は武豊の凱旋門賞騎乗の中でいまだに自己ベストの着順となっています。

武豊以降、日本人騎手×外国調教馬という組み合わせで凱旋門賞に出走したケースはありません。ほとんどが日本馬とのタッグになりますが、15年以上前の話。当時とは異なり、日本にもトップジョッキーが揃ってきただけに、チャンスさえあれば、日本人騎手の凱旋門賞制覇が現実のものになる日がやってくるかもしれません。