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日本のホースマンに凱旋門賞を意識させた!? エルコンドルパサーの挑戦とは?

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現在でこそ、日本のホースマンにとっての夢となっている凱旋門賞制覇ですが、90年代初頭まで凱旋門賞は日本の競馬関係者には縁がないものという考えが一般的でした。

69年にスピードシンボリが挑んだのを皮切りに、凱旋門賞に日本馬は3頭出走しましたが、当時は勝つどころか掲示板にすら入らない惨敗続き。賞金も稼げないだけでなく、大差で負ける、しかもその後のレースに使うのに時間がかかるということで凱旋門賞への挑戦は86年のシリウスシンボリ以降途絶えていました。

90年代に入ってから、凱旋門賞への挑戦はぱったりと途絶えていましたが、その中に登場したのがエルコンドルパサーでした。

父はミスタープロスペクター系の大種牡馬として知られるキングマンボ、母はサドラーズウェルズの娘であるサドラーズギャルという超良血のエルコンドルパサーは渡邊隆オーナーに外国産馬として購入され、日本の競馬界にデビューしました。デビュー当時からエルコンドルパサーは連戦連勝でNHKマイルCを制覇してキャリア5戦目にして早くもG1ホースの仲間入りを果たします。

しかし、当時の日本競馬のルールで外国産馬はクラシックレースに出走できないという制限がありました。そのためエルコンドルパサーはダービー等に出走できず、秋までビッグレースへの出走はお預けになります。そうしてエルコンドルパサーの陣営はこの馬の強さを見せるためにもマイルのレースではなく、ジャパンCへの出走を選択します。

このレースでエルコンドルパサーは同い年のダービー馬スペシャルウィーク、さらに2つ上の名牝、エアグルーヴを完封。勝利すると渡邊オーナーは翌年の凱旋門賞挑戦をぶち上げます。日本馬として凱旋門賞に出走すれば、シリウスシンボリ以来の13年ぶりの挑戦となりました。

迎えた99年、5歳(当時)になったエルコンドルパサーは年4走のローテで凱旋門賞への出走を決断。当時は日本国内で調整して、凱旋門賞の時だけフランスへ遠征するというのが一般的でしたが、それでは勝てないとばかりにエルコンドルパサー陣営は1年間のスパンでフランスへ遠征。凱旋門賞制覇へと意欲を燃やします。

4月にフランス入りしたエルコンドルパサーは5月のイスパーン賞でフランス発出走を飾ります。このレースでエルコンドルパサーは1番人気に支持されますが、クロコルージュの2着に惜敗。しかし、フランスの芝にも適応できたことで手ごたえをつかむ一戦になりました。

さらに7月のサンクルー大賞ではドリームウェル、タイガーヒル、ボルジアらの強豪馬が多数エントリーしてくる苦しい内容でしたが、エルコンドルパサーは4番手から抜け出してタイガーヒルらに2馬身半もの差をつけて快勝。日本の調教馬として初めて欧州の2400mのレースを制するという快挙を成し遂げました。

さらに秋、エルコンドルパサーは前哨戦としてフォワ賞を選択し、ここも勝利。一躍凱旋門賞へ臨むことになります。

この年の凱旋門賞の最大のライバルと称されていたのはモンジュー。フランスダービーを制している実力馬で、エルコンドルパサーよりも年齢が1つ下ということで斤量面でも有利というメリットがありました。さらに道悪の適性も高く、エルコンドルパサーには不利な展開が迫られていました。

いざゲートが開くと、エルコンドルパサーは2番人気、モンジューが1番人気という状態でした。レースはモンジューのペースメーカーであるジンギスカンが逃げずにエルコンドルパサーが逃げるという意外な展開。モンジューが6番手に付けてレースを進める一方でエルコンドルパサーは逃げてこのまま戦闘でゴールすることを目的とした逃げ切り勝ちを目指します。

実際に最後の直線に入ってからもエルコンドルパサーの脚色は衰えず、このまま逃げ切りかとも思われました。しかし、残り100mのあたりでモンジューに並ばれ、最後の100mは叩き合いの展開になりました。一度は先頭に立ったエルコンドルパサーですが、最後は力尽き、モンジューに半馬身差をつけられての2着という悔しい結果に終わりました。

しかし、日本では考えられないほどの不良馬場で本来の戦法では無い逃げを打っての2着は欧州のホースマンたちからも絶賛され、「2頭のチャンピオンがいた」といわれるほどの大成功を収めました。そして日本調教馬として初めて連対したエルコンドルパサーの活躍によって、その後の凱旋門賞遠征が活発になったのは言うまでもありません。

この後、エルコンドルパサーはジャパンCへの凱旋出走も検討されましたが、渡邊オーナーはこれを固辞。ジャパンC当日にエルコンドルパサーは惜しまれつつも引退式を挙げました。このジャパンCには凱旋門賞でともに走ったモンジュー、ボルシア、タイガーヒルらのライバルたちも出走していました。

ちなみにこの活躍が認められ、エルコンドルパサーはこの年の年度代表馬に選出。日本で1走も走らずに年度代表馬になるという初めてのケースとなりました。