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凱旋門賞でいまだに語り継がれる、“伝説の勝ち馬”シーバードとは?

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フランス競馬の中で史上最高の名馬として称されている馬は少なくとも2頭います。1頭は凱旋門賞が開催されるロンシャン競馬場にも像のあるフランス生まれの英三冠馬グラディアトゥール。そしてもう1頭がシーバード。いまだに凱旋門賞を制した馬の中でも最高の勝ち馬、伝説の勝ち馬と称される名馬です。

そもそもシーバードは60年代のフランス競馬ではすでに一流の成績を残している馬でしたが、血統的には決して期待されるような馬ではありませんでした。父のダンキューピッドはG1レースの勝ち星がない種牡馬で、母のシカラードも未勝利馬。いわゆる二流以下の血統から突如として誕生したスターホースと言えるでしょう。実際、シーバードの兄弟はいずれも競走馬になれなかったというエピソードがあります。

シーバードのデビューは64年の9月。シャンティイ競馬場でデビューを飾りましたが、さほど強い勝ち方というわけではなく、タイムもいたって平凡。しかし、調教師のエティエンヌ・ポレはシーバードに高い期待を寄せ、2戦目にはクリテリウムドメゾンラフィットに出走させます。このレースにはブラブラという有力牝馬がいましたが、シーバードはこの馬も叩き合いの末に破ります。ちなみにブラブラは翌年のフランスオークスを制する一流馬。この頃からシーバードの素質が垣間見えていたと言えるでしょう。

これで気をよくしたポレは続く3走目にグラン・クリテリウムに出走。ここでポレはシーバードの力を図るため、自厩舎の素質馬、グレイドーンと対戦させることにします。このレースでシーバードは出遅れてしまいましたが、ゴール前で猛然と追い込みます。しかし、逃げたグレイドーンを捕らえられずに2着敗戦。結果的にこのレースがシーバードにとって唯一の敗戦となりました。

敗れたとはいえ、グレイドーン相手に猛然と追い込んだシーバードの素質を陣営は高く評価し、翌65年のクラシックでシーバードをフランスのクラシックではなく、イギリスのクラシックレースへと参戦させることにします。最大目標はもちろん、競馬発祥の地イギリスの大レースである英ダービーでした。

3歳緒戦のグレフュール賞、リュパン賞と2戦連続で快勝したシーバードは万全の態勢で英ダービーへ出走。圧倒的1番人気に推されたシーバードはそのプレッシャーをものともせずにレースを進めます。この年の英ダービーは速いペースで推移し、シーバードは6番手でタッテナムコーナーを回ると、ゴールまで残り400mの地点で早くも先頭に立ち、そのまま押し切るという横綱相撲。結果的に2着のメドウコートに2馬身半の着差をつけて勝利しました。力でねじ伏せるようなレースぶりに競馬本国のイギリスの関係者たちも騒然とします。

シーバードの強さは世代を問わず、英ダービー後に出走したフランスの大レースのサンクルー大賞典でも快勝。いよいよ凱旋門賞に挑むプランが現実化しますが、この年の凱旋門賞のエントリー馬が相当の強豪ぞろいでした。

この年から凱旋門賞の賞金は増額し、100万フランに。この高額賞金とシーバード、そして5戦無敗でフランスダービーを制したリライアンスとの一騎打ち、さらにその2頭が3歳馬ということでアメリカなどの強豪馬からしたら勝てない敵ではないと思われたことにより、レースは史上空前の盛り上がりを見せるように。最終的なエントリーは20頭でしたが、100頭を超える予備登録がされました。結果的に集まった馬たちもアメリカ、ソビエト、イタリア、アイルランドからそれぞれの最強馬が挑戦してきたことで、それまでの競馬史上もっともハイレベルなメンバーと称されています。

英ダービーを制したシーバード、フランスダービーを無敗で勝利したリライアンス、さらにキングジョージ6世&クイーンエリザベス2世Sを勝利したメドウコート、そしてアメリカのトムロルフ、ソビエトの最強馬であるアニリン、そして2歳時にシーバードと対戦経験のあるブラブラ、イタリアのマルコヴィスコンティらが出走してきました。このレースは戦前から盛り上がり、凱旋門賞当日のロンシャン競馬場には有料入場客だけで50000人を超えるという大盛況でした。

そうして迎えたレースでしたが、結果はシーバードのワンサイドゲーム。直線だけで他馬を突き放すと、後続勢が必死に追っていてもシーバードの影さえ踏めません。シーバード最大のライバルと称されたリライアンスがかろうじて追いすがりますが、それでもシーバードははるか前方。結果、シーバードは2着に入ったリライアンスに6馬身差をつけて圧勝。なお、リライアンスも決して弱い馬だったわけでなく、3着のダイアトムに5馬身差をつけていました。つまり、それだけシーバードが強すぎたことを現しています。

このレース結果をもって、シーバードは史上最高の凱旋門賞馬、伝説の凱旋門賞馬と称されるようになり、フランス競馬史に残る名馬へと昇華していきました。

ちなみに後年、ダンシングブレーヴがシーバードをほうふつとさせる勝ち方を見せましたが、この時の2着馬はシーバードの血を継ぐベーリングだったという血統のドラマがあります。

凱旋門賞の観戦前にこうした歴史を知っておくと、より深く観戦することができるでしょう。